タイトル: The Global "Natto" Connection: How a Bowl of Beans in Myanmar Sparked a Genomic Discovery
掲載サイト: Springer Nature Research Communities
公開日: 2025年12月18日
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科学的な大発見は、無機質な実験室ではなく、旅先の何気ない食事から生まれることがあります。2018年1月2日。ミャンマーの都市ミッチーナーで私が口にした一皿の「発酵大豆」は、その後の研究の歩みを大きく変えることになりました。粘り気、引く糸、そして深い香り――。それは驚くほど、日本の「納豆」そのものだったのです。
こうした食品において、主役となるのは枯草菌(Bacillus subtilis)です。この菌は大豆のタンパク質を分解し、あの特徴的な「糸引き」の正体であるポリグルタミン酸(PGA)などの粘性物質を生み出します。ミャンマーの地で見つけたこの驚くべき類似性は、単なる偶然ではなく、解き明かされるのを待つ「生物学的な謎」でした。
政治情勢の影響でミャンマーでの直接的なフィールドワークが困難であるため、私たちは公共のゲノムデータベースへと舞台を移しました。そこで見つけたのは、ミャンマーの菌とまるで「生き写し」のような菌株でした。それは、隣接するインド・ミゾラム州の伝統食「bekang(ベカン)」から分離されたものでした。
このベカン菌の解析を進めると、非常に興味深い「ゲノムのパラドックス」が浮かび上がってきました。細菌の「家系図(系統)」を辿ると、日本の納豆菌はベカン菌とは実際には遠い親戚であり、むしろネパールの伝統食「キネマ」由来の菌に近いことが判明したのです。
しかし、環境に適応するための「道具箱」とも言えるアクセサリー遺伝子の構成を調べると、ベカン菌は日本の納豆菌とほぼ同一でした。つまり、「家系(系統)」は異なるものの、大豆を発酵させるための「職人の技(遺伝子セット)」は日本の納豆菌と瓜二つだったのです。
この発見は、血筋に関わらず「粘り気のある大豆を作る」という優れた生存戦略を共有する、「広義の納豆グループ」の存在を定義するものです。これは、細菌がソフトウェアをアップデートするように遺伝子を交換する「水平伝播(HGT)」によるものか、あるいはこの「道具」があまりに有用だったために、他の系統が手放していく中でこの両者だけが大切に保持し続けた結果だと考えられます。
本研究は、「納豆型」という生存戦略が、近代的な工業化が進む遥か昔から、国境を越えて受け継がれてきた力強い進化プログラムであることを示しています。
次に糸を引く発酵大豆を口にするときは、それが単なる料理ではないことに思いを馳せてみてください。それは、小さな細菌のDNAに刻まれ、険しい山々や国境を越えて旅をしてきた、生命適応の「傑作」なのです。
参考文献Seki, K., & Nagano, Y. (2025). Conserved accessory genes link a phylogenetically distinct Bacillus subtilis strain from Indian bekang to the Japanese natto clade. Scientific Reports, 15, 43097. DOI: 10.1038/s41598-025-29683-y