原著論文情報

タイトル: Subfamily evolution analysis using nuclear and chloroplast data from the same reads

著者: Eranga Pawani Witharana, Takaya Iwasaki, Myat Htoo San, Nadeeka U. Jayawardana, Nobuhiro Kotoda, Masashi Yamamoto & Yukio Nagano

掲載雑誌: Scientific Reports

出版年月日: 2025年1月3日 (受理:2024年12月13日)

DOI (デジタルオブジェクト識別子): 10.1038/s41598-024-83292-9

論文タイプ: Open Access

以下の内容は、上記の原著論文に基づく研究概要です。

同じリードで核 DNA と葉緑体 DNA を読む手法

植物の進化の歴史や分類を理解するために、「系統解析」という研究手法が広く使われています。これまで、植物の系統解析には葉緑体(cp)ゲノムがよく利用されてきました。葉緑体ゲノムはサイズが小さく、解析しやすいという利点がある一方で、母系遺伝に限られるため、核DNAとは異なる進化をたどることがあり、情報源として限界があります。

より網羅的な系統情報を得るためには、両親から遺伝される核DNAの情報も重要です。核DNAはcpDNAよりも包括的な遺伝的視点を提供します。しかし、核DNA全体の情報を得るためには、かつては高額なコストがかかるという課題がありました。近年、費用対効果の高い核DNAデータの取得方法が登場してきましたが(例: target capture, RNA sequencing)、葉緑体データと核DNAデータを別々に準備する別々に準備する必要があるのが一般的です。

この研究では、この課題を解決するため、葉緑体ゲノムの解析に用いたのと「全く同じ」生(未処理の)リードシークエンスデータから、核DNAの系統情報を得るための新しい手法の開発と検証に焦点を当てました。

そこで活用したのが、Read2Treeという新しい計算ツールを使用しました。Read2Treeは、生リードシークエンスデータから保存された核遺伝子配列を直接、かつ効率的に抽出することを可能にします。

Read2Treeの主な特徴と利点

手法の検証:ミカン亜科植物を例に

この新しい手法(Read2Treeを用いた核DNA系統解析)の効果と有用性を検証するために、本研究ではミカン亜科(Aurantioideae)という植物のグループを対象としました。ミカン亜科はミカンとその近縁種を含む重要なグループですが、その系統関係には複雑な部分があります。

我々は、Read2Treeを使ってミカン亜科約40種 の核DNAデータセットを構築しました。そして、以下の方法で手法を検証しました。

得られた成果(手法の有効性)

この研究の結果、以下の点が明らかになり、Read2Treeを用いた手法の有効性が示されました。

まとめ

本研究は、Read2Treeという計算ツールが、植物の系統解析において非常に効果的で汎用性の高い手法であることを示しました。特に、葉緑体ゲノム解析と同じ生リードデータからコスト効率良く核DNAデータを取得し、正確な系統樹構築に加え、不完全遺伝子系統仕分けや遺伝子移入といった複雑な進化メカニズムによる系統不一致の原因を解析できる点 が大きな強みです。ミカン亜科植物は、この新しい手法の有効性を検証するための好例として機能しました。

この手法は、今後の植物の系統学研究において、より詳細で信頼性の高い進化の歴史の解明に貢献する可能性を秘めています。

食材の研究への可能性

本研究で開発・検証したRead2Treeを用いた系統解析手法は、植物の進化の歴史や遺伝的なつながりを詳細に明らかにする強力なツールです。この知見は、単に進化の研究にとどまらず、私たちの生活に身近な「食材」となる植物の研究にも大いに貢献できる可能性を秘めています。

例えば、本研究で検証に用いたミカン亜科のように、食用や薬用として世界中で利用されている重要な植物グループがあります。これらの植物の正確な系統関係や、交雑(ハイブリダイゼーション)といった複雑な進化の歴史を理解することは、農業における品種改良や、将来の食料資源となる貴重な遺伝資源(野生種など)の保全や活用にとって非常に重要です。

Read2Treeを用いたこの新しい手法は、葉緑体DNAと核DNAの両方から、同じデータを使って効率的に情報を得られるため、これまでは難しかった多くの食用植物について、より網羅的かつ詳細な系統解析が可能になります。

さらに、不完全遺伝子系統仕分け(ILS)や遺伝子移入といった複雑な遺伝的プロセスを解析できることは、食用植物が持つ多様な性質(高い栄養価、特定の風味、病害虫への耐性など)が、進化の過程でどのように獲得・維持されてきたのかを遺伝的なレベルで理解するための基礎となります。

このように、本手法は、食材となる植物の多様性の理解を深め、より良い品種の開発や持続可能な資源利用に向けた研究を推進するための、重要な基盤を提供すると言えます。

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